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藤の屋文具店

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第七章 白衣の戦士たち



【神へ】

第七章

白衣の戦士たち


電気出力300万キロワットを誇る今世紀最大の原子力発電所、
「フェニックス」の高速増殖炉は、まだ生きていた。
制御棒を失い、冷却剤を蒸発し尽くした燃料体は、炉を溶かし格
納容器もガードヘッセルもコンクリートも溶かし、地下水脈に接触
して盛大な水蒸気爆発を起こした。地表から吹き上げる死の灰の混
じった水蒸気の柱とナトリウムの化学爆発の閃光に、日本中が最悪
の事故と信じて疑わなかったが、さらに恐ろしい事がゆっくりと進
行していたのである。

フェニックス対策チームが、先進国の間で急いで結成され、その
現地対策本部は敷島研究所に置かれた。各国から原子力のプロがぞ
くぞくと集まってくる。やがて、外国の圧力によっていままで非公
開だったデータがしぶしぶ公開されていくにつれ、恐ろしい事実が
明らかになってきた。

「この特殊倉庫というのは何ですか?」
「・・・・・燃えカスの一時貯蔵庫です・・」
「燃えカスというと?」
「・・・・・・核分裂による生成物質です・・・・・・・」
「しかし、フェニックスは運転を開始したばかりで、まだそんなも
のがでてくるわけがないはずだが?」
「・・・・・福井の原子力発電所すべての燃料体の燃えカスです」
「・・・・・・・・・・・・」
「すべて、ドラム缶にコンクリートで詰めてあります!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「反対運動やテロ対策のためには、ここが一番安全だったんです」
「・・・・社会的には安全だったろうが・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「科学的には最悪のレイアウトだったようだ・・・・・」

「シミュレーションの結果が出ます!」

美保子が、会議室のスクリーンにコンピューターの映像を投射し
た。京都弁のやわらかいアクセントが、殺気だった会議室の雰囲気
を少し和らげた。しかし、彼女の持ってきた情報は、その場の全員
を打ちのめした。
画面では、コンピューターグラフィックによって事故の過程が順
を追って表示されて行った。

地震によってスチームの配管が切断され、二次冷却系の放熱が妨
げられる。
制御棒のマウントがずれて緊急停止が効かない。しかし、緊急回
路が開いてラジエーターが冷却する。
やがて、一次冷却系にも配管の破断が起こり、ナトリウムが炉心
から漏れ出す。
蒸気発生器の配管からもナトリウムが漏れだし、津波による逆流
で冠水した結果、大規模な化学火災を起こす。
冷却剤が蒸発してカラ炊きになった炉心が融解し、周囲にあった
核廃棄物の倉庫もろとも地中へと融け落ちていく。
地下水脈と接触して水蒸気爆発を起こす。

「問題はここです!」
美保子が説明を始める。
「この廃棄物が加圧軽水炉の生成物質であるならば、大量のウラン
238及びプルトニウム239が含まれています」
画面に、黄色とオレンジの点が大量に表示された。
「これらは高温のために溶け出し、比重別に成分が分離して沈澱し
て行きます」
画面の点がだんだん分離しながら下へと降りて行った。
「そして、増殖率134パーセントの炉心では、核反応の結果不活
性のウラン238がどんどんプルトニウムに変化していきます」
オレンジの点が、少しづつ黄色に変わっていった。
「そして、このプルトニウムの量が臨界点を超えると・・・」
画面の点がどんどん黄色になって、下の方に黄色の塊ができた瞬
間、画面が真っ白になって何も見えなくなった。
「ごらんのように正真証明の核爆発が起こります」
画面が日本地図に変わり、福井県に爆発を表す赤い円が光った。
「赤で表示される地域が、核爆発によって消失する地域です」
嶺南地区は全滅である。
「次に、標準的な秋の気圧配置をもとに拡散データを演算しますと、
屋外で500ラド以上の被爆可能性のある地域は・・・」
ピンク色のエリアが関西方面へどんどん広がっていき、滋賀県か
ら関東地方及び東北へ向けて拡散する。しかも、被害は日本だけに
留まらず、複雑な気流に乗って世界中へと広がりつつあった。

「しかも、これらの死の灰は地表に降り注ぎ、すべての農作物を汚
染し、我々の体内に入ってからも放射線を出し続けるわけです」

「・・・・全滅だな・・・・・」
力のない声がした。

「現在、敦賀半島の閉鎖ブロックにおいてさえも、事故発表が遅れ
たために大量の被爆者を出しています。この次に起こる被害は、こ
んなものではありません!」

「・・・・・なんとか打つ手はないのか・・・」
誰かがぽつりと言った。

その時、しんと静まりかえった会議室のドアが開いて、大谷祐子
が入ってきた。祐子は資料を美保子に手渡すと、マイクを握ってス
テージに立つ。

「経過を報告します。まず、本年2月、若狭湾沿海で捕獲された深
海生物、俗称シードラゴンの体内より、放射性物質を体内でコント
ロールする微生物が発見されました」
「この生物は、放射性物質を特殊な重金属の有機結晶体でくるむ事
により、その原子崩壊をコントロールしている事がわかりました」
小さなどよめきがおこった。
「われわれは、この微生物を品種改良し、放射性物質のダストを無
害化する計画を立て、現在試作細菌の開発に成功しつつあります」
初めて発表される事実に、ほとんどのスタッフが驚き、そして歓
喜の声をあげた。
「しかし・・・・実用化にあたって大きな障害があります」
ふたたび会場はしんとなる。
「この微生物は、酸素の存在のもとでは著しく繁殖を制限されるの
です。しかも、重力の影響を受けると、その効率が低下します」
NASAのスタッフが発言した。
「軌道上のスペース・ラボは使えないのですか?」
大谷祐子が答える。
「はい、現在、北海道のスペースポートでは、敷島博士所有のシャ
トル、『ほうおう』が発射準備を進めています」

「しかし、間に合うのですか?」
フランスの技術者が訊ねる。
「最初に、5千万ユニットの細菌を生産し、それを海水とともに地
中にそそぎ込みます。この細菌の外郭は摂氏380度までの熱に耐
えられますので、融解した炉心の冷却がすべての鍵です」
「では、それまで海水を注いで死の灰の蒸気を上げ続ける訳か?」
「はい、それしか方法がありません」
「舞い上がった死の灰はどうするのだね?」
「炉心対策の生産が終了次第、戦略衛星配置のICBM迎撃用ミサ
イルに登載して成層圏に展開します。対流圏に沈降する頃には、十
分カバーしきれる数に増殖している計算です」
「・・・・・・誰がやるのかね?」
稟とした声が、力強く応えた。

「わたくしがまいります!」



短い夏が終わろうとしていた。
ここ、帯広市郊外の宇宙開発事業団では、隣接するスペースエア
ポートでの発射準備がちゃくちゃくと進められている。古いエンタ
ープライズ級のシャトル「ほうおう」では、カーゴベイに大量の放
射性物質と細菌のコンテナが積み込まれた。
新設されたD滑走路では、世界初の水平離着陸型のシャトル「Y
AMATO」が、揮発型冷却ペイントの真紅の船体を朝日に輝かせ
ていた。ミツビシ・カワサキ2100型ロケットエンジンを登載し
たこの機体は、宇宙艇を背負った親機のラムジェット推進によって
高度2万メートルまで上昇し、地球上のいかなるポイントからでも
周回軌道に自動操縦で入る能力を持つ。
この、発射時に特別なGのかからない新型シャトルが実用化すれ
ば、宇宙開発は飛躍的な発展を見るであろう。

「YAMATO」のスタッフは、内心面白くなかった。
あんな事故さえなければ、そろそろテスト飛行に入れるはずだっ
たのだ。2年も前からNASAで研修を受けてがんばってきた宮沢
悟は、「YAMATO」のコクピットで、今日8回目のシミュレー
ションを行っていた。

北北東の風、風力5、気圧1018ミリバール、エンジンスター
ト・・・・V1・・V2・・・・・・・VR・・・・宇宙航路A2
に進入・・・・・・・・・・マッハ数4、オービターエンジン始動
・・・・・安定翼展開・・・オービター分離・・・キャリア、自動
操縦で回収コースに入ります・・・・オービター第一宇宙速度へ加
速・・・・・・・・進路は・・・

「・・・周回軌道SL23よ!」

驚いて振り返ると、操縦席のすぐ後ろに彼女は立っていた。

「・・亜理沙!」
「あは、ごめんなさい、おどろかせちゃった?」
「ああ・・・・どうしてここへ?」
「あら? 聞いてないの? ほうおうの任務の事」
「ん? なんかばい菌こさえに空へ上がるとか聞いたけど・・」
「あはは、そのばい菌造りがわたしの仕事なのよ!」
「ああ、そういえば宇宙・・・生物工学だったっけ?」
「そうそう、これでも世界的な権威なのよ」
「亜理沙は、昔から頭良かったもんなぁ」
「さとしさんも、自動操縦装置にかけては世界一でしょ?」
「はは、所詮は残業技術者さ、替わりなんていくらでもいるさ・」
「でも、わたしにとっては特別よ」
「ありがと、」
「ね、お仕事はいつ終わるの?」
「うーん・・いちおう終わったんだけどね、無重量状態でのマイク
ロサーボの冷却が、稼働してみるまでわからないんだ」
「ふーん? ねぇ、このシャトルは完全自動操縦だって聞いたけど、
ほんと?」
「ああ、チンパンジーにだって操縦できるさ」
亜理沙は、少し顔を曇らせて聞き返した。
「ねぇ、そんなに何もかも機械に任せて、ほんとに大丈夫なの?」
悟は少し困った顔をしたが、いつになく真剣な口調で説明を始め
た。
「確かに、機械に頼りきるのは危険だけど、機械は、どんな危険な
状況でもパニックにならずに正確に働いてくれる。勘違いも思いこ
みもない!」
「はい」
「もう、僕や君のようなふつうの人間が宇宙へ出ていく時代だ、事
故で取り残されるひとが、いつも宇宙船を操縦できるひとだとは限
らないだろう?」
「はい」
「自動操縦システムは、そういうひとたちを救い出す能力がある。
そりゃ、経験豊富なアストロノーツにゃかなわないさ、でもね、機
械を設計してプログラムするのだって、やっぱり人間なんだよ!」
亜理沙は、熱っぽく信念を語る悟を見て、愛しいと思った。
「この船を操縦するのは、血の通わない機械なんかじゃぁない。僕
たち何百人ものオイルまみれのエンジニア達の汗と思いが、遠いと
ころから動かすんだ。僕は・・・僕は、この仕事に誇りを持ってい
るよ」

無言でうなづくと、亜理沙は悟の口を口で塞いだ。

シミュレーションの画面は、「YAMATO」が周回軌道SL2
3に無事に載った事を表示していた。




亜理沙と3名の助手を客として乗せたスペースシャトル「ほうお
う」は、改良型ブースターの助けを借りて、素晴らしい速さで周回
軌道に到達した。カーゴベイ展開時の宇宙線被爆を防ぐため船腹を
宇宙空間に向ける。コクピットからは、鮮やかな水色の地球が輝い
て見える。
姿勢制御モーターの噴射音が、振動となってキャビンにわずかに
響く。「ほうおう」は、その軌道を微妙にかえてスペースラボ「ア
ンドロメダ」のある周回軌道SL23へと進入していった。

「アンドロメダ、こちらは国連所属JA1001ほうおう、着艦の
許可を求む!」
「アンドロメダよりほうおうへ、着艦を許可する。ポートナンバー
3へ進入せよ」
「ほうおうよりアンドロメダ、ビーコンをキャッチした」

高精度のレーザービームにより相対速度を監視され、ほうおうは
アンドロメダから延びる4本のアームの先端にある着艦ポートのひ
とつに、ほんのわずかなショックを残してドッキングを完了した。
シャトルの右舷にボーディングブリッジが延びていき、アンドロ
メダとの間に0.8気圧の大気で満たされた通路が開く。

アンドロメダの実験室のシートに身体をホールドした亜理沙は、
息つくひまもなく作業に入った。
「カーゴベイを展開してください!」
モニターをシャトルブースに切り替えると、地球の青い光に照ら
されたシャトルのカーゴベイが映った。カバーが花でも咲くように
ゆっくりと開いていく。
アンドロメダのマニピュレーターを操って、亜理沙はナンバー1
コンテナの起動スイッチを入れた。実験室のコンピューターに、コ
ンテナからのデータが入ってくる。
このコンテナには、地上の事故現場に注入するほうの細菌が満た
されるのだ。臨界値に達すれば、そのまま地上へ向けて発進し、小
松空港に緊急着陸したシャトルからジェットヘリに積まれて現場へ
向かう。
ナンバー2以降の小さなコンテナは、アンドロメダの実験室に取
り込まれた。これらは、ラボにあるシャトル「アトランティス」に
積まれて、戦略衛星「オイディプス」のミサイルにセットされるの
である。汚染されつつある地上を浄化するには、気流に乗せて世界
中へばらまくのが、唯一の方法なのだ。

バチルス・ラジアノイド・δピロコッカス32・・・亜理沙が自
分の手で創り出した、新しい生命体である。生物学的安全のために、
60万世代の分裂の後に生殖機能を失うようにセットされているの
で、地表のダストを無害化したあとは静かに生き続ける。
この細菌に意志があるならば、産みだしたわたしを恨むかしら?
ふっと、亜理沙の脳裏に「神」という言葉が浮かんだ。



作業は順調に進み、ほうおうはコンテナ一杯の細菌を積んで地上
へと発進して行った。あとは、地上浄化用のコンテナをオイディプ
スまで運べば、作戦は終了である。一週間、ほとんど不眠不休で見
守り続けた亜理沙は、張りつめたものがきれたように放心して地球
を眺めていた。

「土田博士、ちょっと・・・」
助手のクライトンが声をひそめて話しかけてきた。
「ニコルのことですが・・・・・」
「?」
「あいつ、ちょっと前からおかしいんです」
「え?」
「なんか、最期の審判がどうとか、選ばれた民がなんとかいって、
ひとりで何かやってるんです」
「・・・それは尋常じゃないわね、今、どこにいるの?」
「それが、さきほどから見あたらないんです・・」

亜理沙は、背筋に冷たいものがはしるのを感じた。宗教に、いや
何かの信念にとりつかれたものは、時として取り返しのつかない事
を「人類のため」にやるものである。不吉な予感がだんだん大きく
なってきた。

突然、鈍い振動がアンドロメダを襲った!
電子サイレンの甲高い音が響き、気密シャッターがあちこちで降
りた。研究室の情報板に、カーゴエリアで小爆発があったことを示
している。大変だ、あそこには地上浄化用の細菌コンテナがおいて
あるのだ・・・
亜理沙は、インターホンの回線を開いて管制室を呼び続ける。し
かし、応えるものは誰もいなかった。




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